1556年1月現在の滋賀県犬上郡甲良町に生まれた高虎は、浅井長政に仕え姉川の合戦等で武功を挙げましたが、時を置かずして浅井家は滅びます。その後はなかなか良い主に恵まれず、流浪の日々を過ごします。
三度主を変えた後、秀吉の弟、羽柴秀長に三百石で仕官します。秀長の下で中国征伐、賤ヶ岳の戦い等、数々の合戦での戦功が認められ、二万石の大名にまで昇進します。高虎の長年の苦労が報われた瞬間でした。
しかし、良い時は長くは続きませんでした。主君の秀長は、兄である秀吉の天下統一を見届けるように亡くなると、世継ぎの秀保も病気で早世してしまいます。
秀長、秀保を相次いで亡くした高虎は、その菩提を弔うため高野山に登り出家することを決意します。秀長と秀保を失った悲しみと、もはやこれ以上の主君には巡り会えまいという高虎の心情が伝わってくるようです。
しかし、時代は彼の才能を放ってはおきませんでした。
秀吉にその将才を惜しまれた高虎は、七万石という破格の条件で大名に返り咲きます。秀吉没後、天下の趨勢は徳川にあると一早く見極めた高虎は家康に接近します。そして、家康をして「国に大事があるときは、高虎を一番手とせよ」と言わしめるまでに重用されて行ったのです。
『藤堂高虎』というと、七度主君を変えたことから『不義理者』と思われがちですが、「忠臣二君には仕えず」という儒教的な思想が一般的ではなかった実力主義の戦国の世においては、仕えるに足る主君を自ら選ぶことは普通のことであり、高虎自身も「武士たるもの七度主君を変えねば武士とは言えぬ」と言い切っています。
今作は、70年代のライダースTシャツのイメージをベースに今までにない『勇将・藤堂高虎』の姿を表現してみました。
デザインは極力シンプルにイラストを中心にまとめ、彼の武将としての勢いと躍動感を表現してみました。クオリティの高いイラストは真田幸村でもイラストを担当していただいた『花舞』さんの秀作です。
イラスト:花舞、デザイン:立澤竜也