大谷吉継は秀吉の下で数々の功を立て、従五位下刑部少輔に叙任。後に敦賀5万石の大名となります。
俗説によると吉継はハンセン病を患っており、崩れた顔を隠すために、いつも頭部を白頭巾で覆っていたそうです。
石田三成と親交が深かったことでも有名で、朝鮮出兵から帰国した際に催された茶会において、吉継が口をつけた茶碗を諸将は嫌がり、飲むふりをして他へ回していましたが、石田三成はその茶を平然と飲み干し、吉継はそれに大変感激したと言われています。
天下分け目の関ヶ原の合戦においては、石田三成率いる西軍の首脳として参加。
戦いの火蓋が切られると東軍の藤堂高虎、京極高知らの背後を突くなどして混乱に陥れるものの小早川勢はじめ脇坂、小川、朽木、赤座らが東軍に寝返り、味方であったはずの大軍に包囲された大谷勢は為すすべも無く壊滅し、乱戦の中で吉継は自刃して果てています。
今回は、第一弾の「石田三成」と同じ白のTシャツボディを使用し、400年越しの友情を再現。
バックプリントに書かれている句は大谷勢で奮戦した平塚為広の歌「名の為めに 捨る命は惜からじ 終に留まらぬ 浮世と思へば」に対する返歌であり、あの世で再会しようという戦国に生きた男の覚悟が伝わってくる歌です。
吉継の人生を貫いた篤き友情に想いを馳せデザインした、渾身の一枚です。
デザイン:立澤竜也