石田三成は近江国(現在の滋賀県)の出身で幼少の頃より羽柴秀吉に仕え、卓越した行政手腕で秀吉にとても厚い信頼を受けた人物でした。
秀吉の死後には天下をうかがう徳川家康と激しく対立し、天下分け目の関ヶ原の合戦においては、西軍の実質的な総大将として家康と戦っています。
関ヶ原の合戦で三成が用いた「鶴翼の陣」は、両翼を張り出しV字の形を取るという陣形でした。後の明治初期、軍事顧問としてドイツより招聘されたヘッケル少佐をして「西軍が勝利するだろう」と言わしめるほど、西軍の「鶴翼の陣」は家康の軍勢を見事に包囲していたそうです。
合戦が始まると小早川秀秋や脇坂安治らをはじめとした西軍諸将の相次ぐ裏切りによって戦線は崩壊し、西軍は敗れましたが、三成の最後まで豊臣家に尽くした忠誠心と卓越した能力、また私利私欲の無い高潔な人柄は今の時代に至るまで高く評価され、多くのファンを持つ人物です。
Tシャツのフロントには三成の旗印である「大一大万大吉」をあしらった扇子、バックプリントには「大志を持つものは、最期の時まで命を惜しむものだ」という意味である三成の言葉を、三成の儚くも気高い生き様と「鶴翼の陣」を同時に象徴する鶴と共にデザインしました。
デザイン:立澤竜也