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第24弾 気丈な貴婦人「細川ガラシャ(明智珠)」
細川ガラシャ(明智珠)Tシャツ

永禄6(1563)年、明智光秀の3女として生まれたガラシャは、15歳の時に織田信長の薦めで細川藤考の長男であった忠興に嫁ぎます。ちなみに細川ガラシャという呼び名は後世のもので、当時の彼女は本名の『珠(玉)姫』と呼ばれていたようです。
二人の仲は睦まじく、1男1女を儲けて幸せな時を過ごしていましたが、歴史の波が彼女の人生を一変させてしまいます。

『本能寺の変』―。彼女の父親である明智光秀によって行われた前代未聞の謀反劇は、日本全土を大きく揺るがしました。謀反人の娘としてのレッテルを貼られた珠姫は夫から離れた山奥に幽閉され、それまでの幸せな人生からは想像もつかなかった不遇の日々を過ごすことになるのです。その後細川家の大坂屋敷に戻りますが珠姫の心の傷は深く、うつ病のような状態であったと言われています。

そんな中、彼女が出会ったのがキリスト教です。珠姫は身分を隠しながら教会に通い、「恩寵」「恵み」を表す洗礼名「ガラシャ(Gratia)」を授かります。キリスト教という新たな心の支えを得たガラシャは快活で優しい本来の自分を取り戻し、信仰にその身を捧げる決意を固めるのです。

関ヶ原の戦いの直前には石田三成に人質に取られそうになりますが、ガラシャは「大名の妻」として死を持ってこれを拒絶。キリスト教は自殺を禁じている為彼女は家臣に胸を貫かせ、38年間の壮絶な人生を閉じたと言われています。
その後夫の細川忠興は東軍に参加し石田三成を打ち破っていますが、ガラシャを失った忠興は二度と正室を迎える事はありませんでした。

バンドTシャツから着想を得た今作のデザインは、インパクトのあるトロピカルピンクのボディを基調に彼女の人生を象徴する複数のシンボルを配置し、そこに有名な辞世の句を重ねる事で、女性ながらもサムライに通じる美学を持った細川ガラシャという人物を表現しています。
背景及びガラシャの決意に満ちた表情を見事に表現したのは『お市の方』でも戦国の女性像を見事に表現したデザイナーTAKAEさん。
時代に翻弄されながらも「妻として」また「キリスト教徒として」の自らの生き様を貫いたガラシャの強さは、現代の人々にも共感を呼ぶのではないでしょうか。

イラスト:TAKAE、デザイン:立澤竜也

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