「この人物が長生きしていれば歴史は大きく変わったかも知れない」
そういった歴史の「もしも」の話をする場合、よく名が挙がる人物がこの蒲生氏郷です。
1556年、近江日野城主蒲生賢秀の嫡男として生まれた氏郷は織田家の人質から身を興して数々の戦で武功を挙げ、豊臣秀吉に仕えた時には92万石の大大名になっています。
その強さだけでなく、茶道や和歌などにも造詣の深い氏郷は諸大名から『風流の利発人』と呼ばれ、忠義深い性格もあって人望は並々ならぬものがあったようです。
天下人や大名達、さらには部下からの信頼も絶大で天下を望める器を持つと見られていた氏郷でしたが、彼には皮肉な運命が待っていました。
1593年の文禄の役の際に突如陣中で吐血した氏郷は一旦会津に戻って静養しますが、その甲斐もなく2年後の1595年に病没。それは秀吉の死の3年前、天下分け目の関ヶ原の戦いからは5年前の事でした。
文武に秀で、人望も豊かな蒲生氏郷が生きていて西軍に名を連ねていたら、関ヶ原の戦いやその後の歴史は違った結果になっていたかも知れない…歴史に「もしも」はないとわかっていても、ついそんな事を考えたくなってしまう武将です。
今回、繊細なグラフィックでサムライズムアートの新戦力として登場してくださったのは会津若松の絵師『一葉さん』。今までの既成概念にとらわれない新しい氏郷の姿が完成しました。
フロントにはシルエットで表現した氏郷とキリシタン大名としての洗礼名『レオン』のタイポグラフィー、背面には氏郷のイラストを中心にした緻密なグラフィックスと彼の辞世の句『限りあれば 吹かねど花は 散るものを心短き 春の山風』を一葉さん直筆で再現。サムライズムアートの新たな扉を開ける作品です。
イラスト:一葉、デザイン:立澤竜也
クリエイター一葉さんのコメント
彼に縁のある二つの地のコラボとして、氏郷をどう描いていくか。筆文字と兜などで彼の文武両道を表しつつ、またキリシタンということで、少しカジュアル的にクロスを描画。立澤氏考案による、シルエットに洗礼名のタイポは大のお気に入りです。