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TOP > COLUMN > 第十八席 皿を割った家臣に加藤嘉明が下した決断
第十八席 割れた10枚セットの皿!?「皿を割った家臣に加藤嘉明が下した決断」

加藤嘉明は賤ヶ岳の七本槍の一人として名を上げた人物ですが、同じ七本槍に加藤清正や福島正則など秀吉子飼い武将のエースがいるためかいまいち印象としては地味な感じです。
私個人の認識としては、「賤ヶ岳の七本槍の一人で、大坂の陣で豊臣方についた塙団右衛門を奉公構した人。」ということくらいしか知りませんでした。
(*奉公構とは主家を出奔した家臣に対し、他の大名に「こいつを雇うなよ!絶対雇うなよ!!」という回状を出して再就職できないようにする嫌がらせ…もとい刑罰です。黒田長政による後藤又兵衛への奉公構が有名。)

そんなわけで、塙団右衛門を奉公構したことから「家臣には厳しい人だったのかな?」と思ってましたけど、調べてみると意外に家臣思いのエピソードがたくさん伝えられているんですね。


今回は、そんな家臣に優しい嘉明エピソードをひとつご紹介します。


加藤嘉明は南蛮の陶器が好きで、いろんな珍しい南蛮陶器を集めていました。
その中でもお気に入り中のお気に入りとして嘉明が大事にしていた陶器が、「虫喰南蛮」と呼ばれる十枚ワンセットの小皿です。

しかしあるとき、加藤家で大事件が勃発。
なんと近習の一人が、うっかりこの虫喰南蛮の小皿を一枚割ってしまったのです!
もちろんわざと割ったわけではなく事故だったのですが、近習は主君・嘉明がこの小皿をどれだけ大切にしていたのか知っているだけに「とんでもないことをしてしまった!」と顔面蒼白。打ち首も覚悟して、自宅に謹慎してしまいました。
現代人の我々の感覚でいえば「皿の一枚くらいでそんな大袈裟な…」と思ってしまいますが、この当時の名物と呼ばれる茶器や陶器は、今では想像がつかないほど価値のあるものだったのです。


わかりやすい例で言えば、織田信長の家臣・滝川一益にこんな話が伝えられています。
一益は出陣する前に信長から「手柄次第では珠光小茄子という名物茶器を与える」という口約束を取り付けていたので張り切って戦いましたが、実際に下されたのは珠光小茄子ではなく上野国と信濃国の一部、そして関東管領の役職だったのです。
それだけ貰えれば充分じゃんと思いきや、この恩賞を与えられた当の滝川一益は貰えると思っていた珠光小茄子を貰えなかったことにガッカリ。
知人に「珠光小茄子が貰えると思って頑張ったのに貰えなかったし、しかもこんな遠くに飛ばされるなんてもうやってらんねーよ!(意訳)」と手紙で愚痴るほど落ち込んでしまったそうです。
滝川一益的には「珠光小茄子」>>>越えられない壁>>>「上野国&信濃国の一部&関東管領」だったんですね。茶器一個が国よりも価値があるって、現代人の我々にはちょっと想像つかないです。


そんなわけで、当時は茶碗一個、皿一枚といえども良いものは国ひとつに相当するほど貴重だった時代。
嘉明の近習が皿を一枚割ってしまったことに打ち首を覚悟しても不思議ではありません。

もちろんこの近習が皿を割ってしまったことはすぐさま嘉明の耳にも入り、そして嘉明は自宅で謹慎している近習に自分の元へ出てくるよう呼び出しました。

大事な皿を割ってしまい、さぞ嘉明様は怒っているだろう。そう思いながらも、自分の過失で殿の宝物を割ってしまったからには死罪を命じられても仕方がないと覚悟して、近習は嘉明の元へとむかいます。
しかし対面した嘉明は宝物の皿を割られて激怒しているどころか、怯えながら出仕してきた近習の目の前で残りの皿九枚を次々に割り出したのです。
ガシャン!ガシャン!!と音を立てて砕け散っていく虫喰南蛮の皿と、無言で皿を割り続ける嘉明に近習も呆然。
自分が一枚割ったことで死まで覚悟したのに、当の持ち主である嘉明が残りの皿九枚を惜しげもなく破壊してしまったのですから驚くのも当然ですよね。

そして九枚の皿すべてを割り終わった嘉明は、近習に向かってこう言いました。

「私が器物を愛するあまり、そなたを粗忽者と皆に言わせてしまった。
この皿が十枚一組ということは、我が家中の者であれば誰でも知っている。
それゆえに、今後、この皿が九枚で人前に出ることがあれば、誰もがそなたが一枚割ってしまったことを思い出して、いちいち引き合いに出されるであろう。
その度にそなたが肩身の狭い思いをするなど、私の望むところではない。
元はと言えば、そのような物を集めて大切にしていた私が悪いのだ。これからは改めよう。」

どれほど貴重な陶器でも、大事な家臣の命に代えられる物ではありません。
嘉明は最初から近習に死罪など命じるつもりはなく、皿を割ってしまったことも水に流すつもりでいました。
しかしただ罪を許すだけでは、嘉明の言ったとおり後々に近習が肩身の狭い思いをしてしまいます。そこで嘉明は元凶となる皿をすべて砕くことで問題を解決したのです。
しかも悪いのは割ってしまった家臣ではなく、うっかり壊してしまっただけで大事な家臣を追い詰めてしまうような物を集めていた自分が悪いのだと言い切ったのですよ。
家臣の前で自分の非を認めてこれからは改めるなんて、なかなか言えるものじゃありません。この話だけでも嘉明の懐の大きさがわかります。

十枚セットの皿を一枚割ったといえば怪談話で有名な番町皿屋敷のお菊さんを思い出しますが、お菊さんの主人も嘉明のような心の広い人物だったらあんな悲劇は起きなかったんでしょうね。

文:ひなた

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