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第9弾 民が為に主を穿つ「明智十兵衛光秀」
明智十兵衛光秀Tシャツ

明智光秀は美濃国守護の土岐氏の一族で、斉藤家、越前の浅倉家を経て、織田家に仕えます。

数々の功により、仕官してわずか4年で信長から近江国滋賀郡を与えられ、坂本城主となりました。

これは織田家臣団の誰よりも先がけて城持ち大名になったという異例の大出世であり、信長が光秀を高く評価していたことが伺えます。

その後も各地を転戦し、丹波国平定の折りには信長から「天下の面目を施した」と絶賛され、近畿一円を支配する大名となりました。

しかし、そのわずか3年後の1582年6月。光秀は、わずかな警護とともに本能寺に滞在している信長を攻め、自害させました。

光秀がなぜ、本能寺で自分を取り立ててくれた主君である信長を討ち果たすに至ったのか未だにその原因ははっきりしておらず、戦国最大の謎として今も多くの歴史家によって研究されています。

今作ではその戦国時代最大の衝撃であった「本能寺の変」をテーマに、事件が起こった1582年のタイポグラフィーと明智家の家紋である「水色桔梗紋」をTシャツのフロントにデザイン。

バックには舞い散る花吹雪の中、本能寺へと向かう明智軍のシルエットとともに、本能寺の変の直前、中国攻めの戦勝祈願のために開かれた連歌会「愛宕百韻」での光秀の発句「ときは今 天に下しる 五月哉」をあしらいました。

己の信念のもと、一命を賭して信長を討ち、時代の流れを正そうとして散っていった男のはかなさが哀愁を誘う一枚です。

デザイン:moongate

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