覇業の功臣 井伊兵部少輔直政
井伊直政は戦場においての激しい戦いぶりや、人斬りとまで呼ばれた周囲への厳しい態度とは裏腹に、非常に容姿が美しい人物であったと言われています。
主君である家康も直政の美しさを一目見て家臣にしたと言われ、元服も22歳になってようやく行うほど大事にされていたようです。
そして直政は政治についても大変優れた人物でありました。特に外交、交渉に長けた直政はその能力で多くの大名を徳川方につけ、秀吉亡き後の天下の大勢を家康に大きく傾けています。
こうした政治能力に加え戦場での武勇も併せ持つ智勇兼備の直政は小早川隆景らから「天下を獲れる」と評されるほどの傑出した人物でしたが、直政は野心にかられることなく、関ヶ原の戦いでの傷が元でこの世を去るまで終生を通じて家康に対する忠義を貫いています。
直政亡き後石田三成の居城佐和山城を廃して彦根城を築き、彦根藩30万石の藩主となった彼の子孫は諸大名の筆頭として幕府に重きをなし、開国の祖である井伊直弼など江戸時代300年間を通じて5人もの大老を輩出する名家となりました。また彦根城も現在は国宝、特別史跡に指定されています。
「彦根城築城400年記念モデル」として制作され、「井伊兵部大輔直政」(動)と対になる今作は両サイドに白い橘を、(動)ではバックにあった井伊家の家紋「彦根橘」を袖にプリントしています。
強いインパクトがある人物画ではなく、シンプルな花を用いる事によって時を経ても色あせない直政の華麗さ、井伊家のしなやかな強さを表現した静かなる井伊兵部大輔直政Tシャツです。
2007年からは 滋賀・彦根ベロタクシーの新ユニホームに採用され、地元の方にも親しまれています。
デザイン:立澤竜也








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