奥州筆頭独眼竜 伊達政宗
伊達家第9代当主にして初代仙台藩藩主、伊達藤次郎政宗が家督を継いだのは1572年(元亀三年)。彼が若干17歳の時でした。
時代は既に豊臣秀吉の天下統一に動き出しており、この大きな流れは中央から遠く離れた奥州の一大名には抗いようもないように思えました。しかし政宗は大勢に自らを曲げる事なく、一途に伊達家の天下を目指し続けます。
表向き臣従をしてもその精神は誰にも屈する事はなく、その後豊臣秀吉により天下統一が為され徳川家康の台頭から関ヶ原の決戦を経て幕府による統治が確立してもなお、政宗は天下への夢を捨てていなかったと言われています。
ちなみに現代で「伊達男」と言えばお洒落な人や格好いい人を指す言葉ですがこの「伊達」とは伊達政宗の事で、彼の軍勢の華美なところから来たと言われています。
また「男伊達」と言えば「自分の信念を貫き通す、義侠心に満ちた人物や行動」を指しますがこれもまた、天下への夢を持ち続けた政宗にふさわしい言葉と言えるでしょう。
そんな彼の鎧である五枚胴具足は全身漆黒で仕上げられ、兜は金箔で押された巨大な弦月の前立てをあしらった、現代にも通用するようなデザイン性の高いものでした。
自分をアピールする色として赤をよく用いた戦国時代の中にあって漆黒の鎧に身を包んだ彼の姿は自らを貫く美意識、そして信念を体現した姿と言えるでしょう。
そしてその黒をボディカラーに持ち、大胆な筆致で兜の前立「金箔押弦月」を表現したのが今回の作品です。背景には三日月や北斗七星など惑星を信仰していた政宗自身の星座であるおとめ座の配列をモチーフに「奥州筆頭独眼竜」の文字をあしらいました。
また政宗のトレードマークである眼帯をイメージして、前立てから見た眼帯の位置におとめ座で一番大きな天体「スピカ」を合わせ、更にそれを伊達家の家紋「仙台笹」として配置。背面全体で大きく伊達政宗の特徴を表現しているデザインです。
前作『前田慶次郎 皆朱の槍』に続き第6弾のデザインもサムライズムアート初参加『HiroYa』氏。彼が貫いた真っ直ぐな天下への夢、その凛とした眼差しを感じさせる作品です。
デザイン:HiroYa
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