戦国コラム第二十九席 猫の目を見て○○を知る?「島津義弘と7匹の猫」

戦国コラム-サムライ茶屋-

第二十九席 猫の目を見て○○を知る?「島津義弘と7匹の猫」

  • 島津義弘といえば関ヶ原合戦の退却戦では寡兵で敵中突破を果たしたり、文禄・慶長の役では数々の武功を上げ、特に泗川の戦いでは七千の兵で数万の明・朝鮮軍を打ち破るなどして『鬼石曼子(グイシーマンズ・おにしまづ)』と恐れられた武将です。
    朝鮮出兵には数多くの大名が出陣していますが、あちら側の史料に名前が残っているのは和平交渉に尽力した小西行長、鬼上官と恐れられた加藤清正、そして鬼石曼子の異名を取った島津義弘の三人だけで、この三名は明・朝鮮軍の三大攻撃目標となっていたほどです。

    さて、そんな義弘の武名を高めた朝鮮出兵のとき、実は島津軍の陣中には人間以外にある動物が一緒に海を渡って朝鮮まで来ていました。

    それは七匹の猫。

    猫を七匹も飼ってるなんて猫好きにしてみれば羨ましい限りですが、しかし義弘は猫でもふもふして和むためにわざわざ薩摩から連れてきたわけではありません。
    義弘が猫を連れてきたのは、猫の”目”を見て時刻を知るため…つまり時計代わりとして連れてきていたのです。

    猫の瞳孔は縦に細くなっていて、明るいときほど細長く、暗いところでは目一杯開いて光の入る量を調節するようにできています。つまり真昼に近付けば近付くほど猫の瞳孔は細くなり、逆に真夜中に近付くほど広くなるのでした。
    そのことについて『和訓栞』という1776年の江戸時代後期に製作された国語辞書には、「六ツ丸く四八瓜さね五と七と玉子なりにて九ツは針」という数え歌のような言葉が載っています。
    これは実は猫の瞳の変化を表したもの。

    ・六つ(午前6時頃)は、丸く
    ・四(午前10時頃)と八(午後2時頃)は、瓜形
    ・五つ(午前8時)と七つ(4時頃)は、玉子
    ・九つ(正午頃)は針のように細いということだそうです。

    同時代のことわざ辞典『譬喩尽』にも同じような記述があり「猫は魔の者眼中瞳に時を分つ。六ツ円ク、五八卵ニ、四ツ七ツ柿ノ核也、九ツハ針」と記されています。これも『和訓栞』と同じで、

    ・六つ(午前6時頃)は、丸く
    ・五(午前8時頃)と七(午後4時頃)は、卵形
    ・四つ(午前10時頃)と八つ(午後2時頃)は、柿の種
    ・九つ(正午頃)は針のように細い。

    と、比喩に用いているものや時刻が多少違うだけで、猫の瞳孔が時間と光の量によって変化するということは同じことが書かれています。
    こうした猫の瞳孔の広さが時間帯によって変わる習性を利用して、島津軍では異国で時間を知る道具として七匹の猫を従軍させていたそうです。
    今のように精密時計なんてない時代、時刻を知るためには陽時計など自然を利用したものもありましたが、猫の目を見て時刻を知るというのもその応用ですね。

    話は少し逸れますが、ボードレールというフランスの詩人が著書の中で、フランス人宣教師が中国で少年に時刻を尋ねると猫の目を見て時刻を答えたという『猫時計』の話を書いています。
    この話は中国で布教活動をしていたフランス人宣教師・ユック神父の著が元になっているそうですが、ユック神父は猫時計に感動し、その話の最後に「われわれが当初この中国の発明の公表をためらったのは、時計産業を危機にさらし、時計の売行きを停止させてしまうのを恐れてのことだった」とまで記しています。
    猫時計は時計産業の危機が危ぶまれるほどの画期的発明だったんですね。恐るべし猫時計。

    話は戻って義弘が朝鮮へ連れていった七匹の猫ですが、実は厳しい環境や戦いの中で七匹中五匹は死んでしまいました。
    残りの二匹は無事に生き延びて義弘たちと一緒に帰国しましたが、その内の黄色と白の波紋がある毛色をしていた猫を義弘の次男・島津久保(ひさやす)はとても可愛がり、自分の名前である「久保」から一部取って「ヤス」と名付けていたそうです。

  • 久保は朝鮮出兵中に朝鮮の巨済島で享年21歳という若さで病死してしまいますが、薩摩では久保が可愛がっていた黄色と白の猫のことを今でも「ヤス」と呼んでいるとか。
    そして無事に帰国した二匹の猫の霊を祀るため、 鹿児島県鹿児島市磯の仙巌園の奥には『猫神神社』という日本で唯一猫を祀る神社が建てられています。
    現在でも6月10日の”時の記念日”には時計業者の人々が参集して例祭が執り行われたり、愛猫家たちのために猫の長寿祈願や供養が行われるなど、400年以上たった今でも島津軍と一緒に朝鮮へ渡って活躍した猫たちは地元の人々に愛されているようですね。

    余談ですが、このコラムを書きながら「加藤清正と同じく虎狩りの逸話を持つ島津義弘…同じ猫科の虎でも瞳孔を見て時間を知ることができたんじゃないか!」という疑問を持ちました。
    七匹の猫ならぬ七匹の虎。虎狩りをしていた義弘ならできるはず!!と、どう考えても死亡フラグ以外のなにものでもありませんが、わくわくしながら調べてみたら、同じ猫科でも虎の瞳孔は猫のように細くはならず、丸い形のまま縮むそうです。ライオンや豹、チーターなんかも虎と同じで細くはならず丸くなるとか。
    うーん…七匹の虎を従えて、時々虎の瞳孔を覗きながら時間を確認する鬼石曼子。というのは絵的にかなり面白そうだと思ったんですが、猫と虎では瞳孔の仕組みが違うんですね。残念。

    文:ひなた