第二十八席 寒い国の温かい話?「掛け布団にこもった佐竹義重と義宣の親子愛」
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戦国時代には親と子、兄弟、家族同士で争うことも少なくはありませんでした。 例を挙げれば前回のコラムでも取り上げた息子・龍興に殺された斎藤道三、父親を追放した武田晴信(信玄)、お互い養子のため血の繋がりはありませんが家督相続をめぐって対立した上杉景勝と上杉景虎、伊達政宗は実母に毒殺されかけたり、そのせいで自らの手で弟・小次郎を亡き者にしている等、戦国時代に家族同士争った例を挙げればきりがありません。 しかしそんなふうに身内だからと言って油断はしていられない殺伐とした時代の中で、父と息子がお互いを気遣った心温まるお話があります。
その親子は「坂東太郎」「鬼義重」と恐れられた佐竹義重と息子の義宣。
佐竹親子は関ヶ原の合戦のとき、石田三成と親しかった義宣は西軍寄り、時代の流れは家康に来ていると見た義重は東軍寄りの立場を示すなど親子で意見が分かれ、家中も義宣派と義重派にわかれるなど意見が統一できていませんでした。 尊敬する父・義重に説得されて、父を取るか石田三成への恩義を取るか迷った義宣はどちら側にもつかず曖昧な態度を取っていましたが、そのせいで関ヶ原合戦後は旗幟不鮮明を家康に責められ、佐竹家は常陸54万石から 秋田20万石に減封となります。 移封先の出羽国・ 秋田は常陸と違って北の雪国。慣れない冬の寒さが佐竹家の人々には心身ともに沁みました。
ところで佐竹義重には、就寝時にちょっと変わったことをする習慣があったのです。 それは眠る位置を毎日変え、寝具は敷布団を使わず床の上に薄い布を敷いて、その上で木の枕と掛け布団だけで寝るというもの。 位置を変えるのは暗殺を警戒するという用心深い義重らしい話ですが、固い床の上に薄い布を敷いて寝るというのはなんとも身体が痛くなりそうですし、床から冷気が伝ってきて寒くて寝れたもんじゃないと思うんですが…。 常陸時代はそれでもよかったかもしれませんが、しかし移封後は北国・ 秋田。そんな寒い地で寝起きしなくてはいけないのなら、寝具もそれ相応の温かいものにしなくてはいけません。 もし雪が降り積もる冬の 秋田で今まで通りの格好で寝れば、凍死とまではいかなくても、老体の義重が風邪をひいてこじらせれば命に関わりかねないのです。 しかも義重の居城・六郷城は、義宣の居城・久保田城よりも更に北に位置しているので、父の習慣を知っている義宣は気が気じゃありませんでした。
考えた末に義宣は、義重に温かい寝具と厚手の寝間着をプレゼントすることにしたのです。父の身体を気遣う、なんとも優しい息子です。 義宣の使者から贈り物の布団と寝間着、そして息子から身体を気遣う言葉を受け取った義重は「なんという親孝行な息子だ。こんな孝行息子を持った自分が果報者だ」と大喜びします。 贈り物そのものより、父を気遣う義宣の想いがなにより嬉しかったんですね。いい話です。
しかし、その晩のこと。 義重は義宣から贈られた寝間着を着て、暖かい敷き布団を敷いて早速寝ってみました。が。
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暑い。
なんということでしょう。いつもいつも薄着で薄い布を敷いて寝ていた義重には、温かい寝間着と敷布団は暑すぎて返って眠れなくなったのです。
結局義重は息子の気遣いをありがたく思いながらも、いつも通り薄着に薄い布を敷いて寝たそうです。 翌日、義重は家臣に「昨日は義宣の気持ちが嬉しくて、早速寝具と寝間着を使ってみた。しかしどうにも暑くて、結局はいつも通り掛け布団だけで寝てしまったのだ。このことは義宣には内緒にしておくように。」と言ったとか。
父の身体を気遣って温かい布団と寝間着をプレゼントした義宣と、息子の気遣いを無駄にしないため結局使わなかったことを内緒にしておいた義重。 お互いがお互いを想いやっている、なんだか心がほっこりと温かくなるお話です。
文:ひなた


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