第二十六席 敵に背を向けないがモットー!「その 福島正則が唯一背中を見せた相手は?」
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前回の加藤清正に引き続き、今回は豊臣恩顧大名武断派の代表格・ 福島正則の逸話をご紹介します。
福島正則は加藤清正とともに、豊臣恩顧大名武断派の双璧と謳われた豪傑でした。 賤ヶ岳の戦いでは一番槍・一番首を挙げるなど勇猛果敢な戦いぶりを示し、そして東軍に属した関ヶ原の戦いでは、1万7000人という西軍最大兵力である宇喜多秀家相手に目覚しい奮戦をしたのです。 そんな関ヶ原の戦いにおいて、小早川秀秋の西軍から東軍への寝返りを期に、大谷吉継、宇喜多秀家、小西行長、そして石田三成ら西軍中枢の隊が次々敗走していく中で、最後に残った島津隊による「敵中突破」はあまりにも有名です。
このとき島津の退却ルートにちょうどいたのが 福島隊。
全員一丸となって怒涛の退却を試みる薩摩隼人たちは 福島隊の側を突破しようとしましたが、ここでおめおめと島津に真横を通って退却されては豪傑・ 福島正則の名折れです。 正則は「島津を逃がすな!討ち取れ!!」と激を飛ばして、島津隊に攻めかかろうとしました。 しかし鬼気迫る島津隊を攻めれば、逆にこちらの損害が大きくなってしまうと判断した重臣が、
「すでに戦に勝利は東軍が得ています。 今、島津に攻めかかったところで意味がありませんし、それどころか大損害をこうむってしまいます! どうかこのまま退却してください!!」
と進言したのでした。 目の前を通過していく島津を攻めもせず、ただ黙って撤退などできるか!と、正則も最初は重臣の意見を聞き入れようとはしませんでした。 しかしまるで嵐のような島津隊の猛攻を目の当たりにしては、重臣の言うとおり、ここで無茶な突撃をしても部下を無駄に死なせるだけだと認めざるを得ません。歯をギリギリ鳴らして悔しがりながらも、正則は退却の指示をだしました。
しかし、このまま敵に背を向けて逃げることは、正則の意地が許しません。引くにしても、普通に退却をしたくなかったのです。 そこで正則は馬上で身体を180°ひねると、なんと上半身を島津に向けたまま退却を始めたのです。 確かに「敵に背」は向けていませんが…まるで一休さんの頓知話のようですね。 でもこの話は正則の負けず嫌いの一面が良く現れていると思います。
だがしかし、そんな「決して敵に背を向けない」豪傑・ 福島正則が、恐ろしさのあまり背中を見せたまま逃げ出した事件があったのです。 島津よりも恐ろしいその相手とは一体誰だったのでしょう?
それはなんと、正則の妻。
それがいつ頃のことかは正確にはわかりませんが、ある日、正則が家に帰ると、鬼のような形相をした妻が長刀を持って斬りかかってきたのです。 戦場では決して敵に背を向けない正則もこれには度肝を抜かれ、慌てて玄関を飛び出して逃げたとか。 妻が激怒していたのは正則の女性問題が原因だったらしく、後に、 「俺は若い頃から幾度となく戦場で戦い、一度も敵に後ろを見せたことはなかったが、あのときばかりは背中を見せて逃げてしまった。女の嫉妬は怖いものだ。」 と語ったそうです。
島津の敵中突破にも怯まなかった正則が逃げ出してしまうなんて、よっぽど怖かったんでしょうね…。
文:ひなた


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