第二十五席 思いついたら即実行!「長雪隠での加藤清正の名案」
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今現在も 熊本で絶大な人気を誇っている武将といえば、豊臣秀吉の子飼い武将から肥後一国の大名になった加藤清正です。 賤ヶ岳の戦いでは 福島正則たちとともに「賤ヶ岳七本槍」の異名を取り、また朝鮮での虎狩りなど武勇に優れた逸話が多い清正ですが、単なる武辺者ではなく、築城にも優れた才能を発揮し、肥後入国後は大規模な治水・利水工事を行っていました。 そのため、加藤家が肥後を治めていた期間は加藤家の後に肥後に入国した細川家よりも短いのに、400年がたった今でも 熊本の人々からは「清正公」を音読みした「せいしょこ(せいしょうこう)」に「さん」を付けて「せいしょこさん」と呼び親しまれています。
そんな「せいしょこさん」こと清正は、むやみに威張り散らしたりせず家臣を大切にする人物だったので、部下は清正を父のように慕ったといいます。 今回のコラムは、そんな清正の部下想いな性格の一旦が垣間見える話をご紹介します。
ある晩遅く、清正が 熊本城の厠(トイレ)に行ったときのことです。 プチ潔癖性の気があった清正は厠に行くときはいつも一尺(30センチ)以上の高下駄を履き、そして痔を患っていたためトイレはいつも長かったそうです。世に言う「清正公の長雪隠」ですね。 話の本筋とは関係ないんですが、いつもこういう記述が残ってる武将の話やプライベートな手紙の内容を見る度に、まさか400年後もこうして語られてるなんて本人思ってないんだろうなあ。うっかり歴史に名を残した偉人にはプライバシーというのはないんだなあ、としみじみ思います。だって高下駄はともかく、痔のことまで400年間語られるんですよ。
話が逸れましたが、とにかくいつものように高下駄を履いて厠にこもっていた清正ですが、その日は何故か高下駄をトントンとさせて頻りに誰かを呼んでいます。 手水鉢のところで待っていた小姓がこの音に気付き「なにか御用ですか?」と清正に声をかけてみました。 すると厠の中から、
「急ぎの用を思い出した。庄林隼人を呼んできてくれ」
と、清正が言うではないですか。 庄林隼人と言えば、加藤家では飯田覚兵衛・森本義太夫とともに加藤家三傑と呼ばれている重臣中の重臣。 その隼人をこんな深夜に呼び出す「急ぎの用」とは、きっとなにか一大事を思い出したに違いないと小姓は思い、慌てて使いをやって城下の屋敷にいる隼人を呼びに行きました。
呼ばれた隼人はちょうど風邪をひいて寝ていたのですが、主君からの「急ぎの用」とあっては少々の熱で寝てるわけにもいかず、呼びにきた使者とともに 熊本城へ向かいました。 隼人が到着してもまだ清正は用を足し終えていませんでしたが、厠の扉ごしに隼人が到着したことを小姓が告げると、中から「うむ。よく来た」とねぎらいの言葉が聞こえてきます。 そして続いて清正は、こう訊ねました。
「ところで隼人。お前の家臣に年中茜染めの一重のちゃんちゃんこを着ている二十歳前後の若者がいるだろう? あいつはなんという名前だ?」
深夜、風邪で臥せっているところを呼ばれてなんの話かと思うと、突然自分の家臣の名前を訊ねられた隼人は一瞬ポカンとしてしまいましたが、予想外の質問でも主君に訊ねられて答えないわけにいきません。 もしかすると自分の家中の者がなにかしでかしたのかもしれないと、隼人は気を取り直して清正の言う「茜染めのちゃんちゃんこを着ている二十歳前後の若者」が誰なのかを考えました。
すると、確かに家中に思い当たる人物が一人だけいたのです。
「二十歳前後の者と言いますと…もしや出来助のことでしょうか? 尾張生まれの者で、よく気がきくので草履取りとして重宝している者です」 隼人の答えを聞いた清正は、またまた厠の扉ごしに頷いて言いました。
「その出来助だが、以前に川尻へ皆で芝居見物に行ったときのことを覚えているか? あのとき、わしは出来助が茂みで用を足しているところを見たのじゃが、あやつは小袖の下に鎖帷子を着込み、脚絆の代わりに脛当を付けておった。今や天下は泰平となり、上も下も武備を怠っている者ばかりだというのに、その中で出来助の心がけは立派なものだ。 そのことを今の今まで忘れておったが、長雪隠の徒然に考えごとをしているうちに思い出し、これはなにか褒美をやらなければならぬと思ったのだが、人生というのはなにがあるかわからない。今日、明日にでもわしかお前か出来助が死ぬかもしれない。そう思うと便所が終わるのも待てず、お前には悪いが深夜だというのにこうして来てもらったのだ。 隼人、帰ったら出来助にこの話を聞かせて、良く良く取り立ててやるのだぞ」
清正のこの言葉に隼人は感激し、風邪の熱も頭痛も吹き飛んでしまいました。 そして帰って出来助にこの話を伝え、草履取りから一躍六十石の士分へと取り立てたのです。 家臣の端々にまで目を配り、そして温情を与えてくれた清正に出来助も涙を流して喜び、以後はますます忠誠を尽くして仕えたといいます。
直臣だけではなく陪臣までちゃんと見てあげてるのもすごいですけど、思いついたら厠が終わるのも待たずに即断即決して行動に移すのもすごいですね。 仕事でも勉強でもなんでも、やらなきゃいけないことを思いついてもすぐにはせず、ダラダラと先延ばしにしてしまう癖のある私は清正の姿勢を見習いたいと思います。 文:ひなた


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